機雷がなんだ! 全速前進!

SEというかプログラマというか、日々のエンジニア生活の中で体験したことなどを中心に書きためていくことにする。

*[本]オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

なんとなく気になった所をメモしておく。。。

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

5章:プログラミング思考

デジタル社会で求められる三つの素養

  • 自発性
  • 相互理解
  • 共好

(※中略)三つ目の条件は「共好」です。お互いに交流し共通の価値を探し出すことを、中国語で「共好(ゴンハオ)」と言います。これはもともとアメリカ・インディアンの「共同で仕事をする」という意味の「Gung Ho」の発音を中国語化したものです。相互理解のプロセスにおいて、相手には相手の価値観があり、自分には自分の価値観があります。それを常に頭の片隅において、どうやって皆が受け入れることのできる価値観を見つけ出せるのかを考えながら共同で作業する。それが「共好」です。

科学技術では解決できない問題に対処するために美意識を養う

私が非常に尊敬するプログラマーの先輩がいます。その人は「プログラムをどれだけ上手にかけるかどうかは、母国語の運用能力がどれだけ優れているかにかかっている」「文才があればあるほど、プログラムがうまく書ける」と断言していました。理想的なプログラムを書き上げるためには、頭の中にある概念を文字に変換していかなければいけません。これは文学と同じです。プログラミングのコードと、文学における韻を踏むことが異なるだけです。

ゲーテは、『ファウスト』のように大きな戯曲を書き上げましたが、一つひとつの文章を見れば、長編詩やオペラのように韻が踏まれています。母国語を自在に使いこなせるような人でなければ、『ファウスト』のような大きなプログラムは、書くことができないでしょう。ですから、デジタルの時代になればなるほど、文学的素養は欠かせず、重要性を増すのです。

普遍的価値を見つけるために異なる考え方をする人たちと交わる

自分と似たような経験をした人たち、自分と同じような考え方を持つ人たちのみと交流し、一緒に働くことは、仕事を進める上で一見、理に適っていると思うかもしれません。しかし、結局それは「エコーチェンバー現象」に陥ることになります。つまり、閉じたコミュニティの内部にいて、自分と似たような意見を持った人々の間でコミュニケーションが行われても、結局は同じ意見がどこまでも反復され続けるだけです。

それとは反対に、自分とはまったく異なる文化、異なる世代、異なる場所にいる人の話を聞き続けることで、自ずと「世界共通の普遍的な真実、普遍的な意見というものがある」ことを発見するでしょう。すると、この地球や世界のどの場所にいてもコミュニケーションをすることが可能ということがわかります。